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2005年08月08日

某塔の思い出

なんとなく思い出したこと。中学生のときの話です。

私の家はとある行き止まりの道路沿いに立っており、その道路に入ってくる人たちはその道沿いの住人と郵便やさんぐらいしかいませんでした。私の家からだとトイレの窓からその道路の入り口(っていう表現がいいのかわかりませんが)が見えるのです。

ある午後の昼下がり、用を足した後に何気なくその窓から外を見てみると、なんか6人ぐらいの人たちが進入してきています。母親+子供の三組(四組だったかも)でした。そのうちの子供のなかに私と同級生の女の子がいました。

その三組の親子の招待は言わずもがな、某塔です。某塔だとは以前にもたずねてきたときの冊子があったことがあったので分かりました。数カ月おきにくるんで。

さて、女の子です。学校ではそういった発言をしているとか聞いたことはありません。おそらく嫌々親についていっているのでしょう。ああ、嫌なもの見ちゃったなあ。見た位はいい、あっちもこっちのことは気づいていない。

それがウチに尋ねてきたらどうする。いまウチに私しかいないし。わざわざ対応しなければいいのだが、ハプニング的なことが大好きな私はでないわけには行かない。そもそも私は悪いことをしているわけじゃないのだ。自分の家に訪ねたものを対応して何が悪い。


あっちも絶対私のことは知っているのだが、知り合いがいたらどうするつもりなんだろうか。そもそもウチにくる前に他のところも回ってるのか。そうだとしたら知り合いにもあっているんだろうか。

それはそれとして、もし今回私と宗教を通して会った場合、学校で私と顔をあわせたときどういう反応をするのだろう。わたしもどういう反応をすればいいのだろうか。「大変だね」とか声をかけるのか?

いやそれは馬鹿にしてるだろう。その言葉は嫌々付き合っているという前提だからだ。もしかしたら相手にとってはこういった布教活動はなんでもないことなのかもしれない。学校ではそういう発言はないだけで、実は真面目に信仰しているのかもしれない。

今回はたまたま事前に気が付いてよかった。数分の猶予がある。しかし、数分の猶予が何になるんだろう。どちらにしろ対応するなら事前に知ってようが変わらない。
心の準備ができただけよかったかもしれない。

なんてことをぐるぐる考えていたのですが、結局、その女の子の組は私の家には来ませんでした。

Posted by kaionji at 2005年08月08日 21:11 | [ セピア ]
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